「水島と雲う人には逢った事もございませんが、とにかくこちらと御縁組が出來れば生涯(しょうがい)の幸福で、本人は無論異存はないのでしょう」
「ええ水島さんは貰いたがっているんですが、苦沙彌だの迷亭だのって変り者が何だとか、かんだとか雲うものですから」
「そりゃ、善くない事で、相當の教育のあるものにも似合わん所作(しょさ)ですな。よく私が苦沙彌の所へ參って談じましょう」
「ああ、どうか、御面倒でも、一つ願いたい。それから実は水島の事も苦沙彌が一番詳(くわ)しいのだがせんだって妻(さい)が行った時は今の始末で碌々(ろくろく)聞く事も出來なかった訳だから、君から今一応本人の性行學才等をよく聞いて貰いたいて」
「かしこまりました。今日は土曜ですからこれから廻ったら、もう帰っておりましょう。近頃はどこに住んでおりますか知らん」
「ここの前を右へ突き當って、左へ一丁ばかり行くと崩れかかった黒塀のあるうちです」と鼻子が教える。
「それじゃ、つい近所ですな。訳はありません。帰りにちょっと寄って見ましょう。なあに、大體分りましょう標札(ひょうさつ)を見れば」
「標札はあるときと、ないときとありますよ。名刺を御饌粒(ごぜんつぶ)で門へ貼(は)り付けるのでしょう。雨がふると剝(は)がれてしまいましょう。すると御天気の日にまた貼り付けるのです。だから標札は當(あて)にゃなりませんよ。あんな面倒臭い事をするよりせめて木札(きふだ)でも懸けたらよさそうなもんですがねえ。ほんとうにどこまでも気の知れない人ですよ」
「どうも驚きますな。しかし崩れた黒塀のうちと聞いたら大概分るでしょう」
「ええあんな汚ないうちは町內に一軒しかないから、すぐ分りますよ。あ、そうそうそれで分らなければ、好い事がある。何でも屋根に草が生(は)えたうちを探して行けば間違っこありませんよ」
「よほど特色のある家(いえ)ですなアハハハハ」
鈴木君が御光來になる前に帰らないと、少し都合が悪い。談話もこれだけ聞けば大丈夫沢山である。椽(えん)の下を伝わって雪隠(せついん)を西へ廻って築山(つきやま)の陰から往來へ出て、急ぎ足で屋根に草の生えているうちへ帰って來て何喰わぬ顔をして座敷の椽へ廻る。
主人は椽側へ白毛布(しろげっと)を敷いて、腹這(はらばい)になって麗(うらら)かな春日(はるび)に甲羅(こうら)を干している。太陽の光線は存外公平なもので屋根にペンペン草の目標のある陋屋(ろうおく)でも、金田君の客間のごとく陽気に暖かそうであるが、気の毒な事には毛布(けっと)だけが春らしくない。製造元では白のつもりで織り出して、唐物屋(とうぶつや)でも白の気で売り捌(さば)いたのみならず、主人も白と雲う注文で買って來たのであるが――何しろ十二三年以前の事だから白の時代はとくに通り越してただ今は濃灰色(のうかいしょく)なる変色の時期に遭遇(そうぐう)しつつある。この時期を経過して他の暗黒色に化けるまで毛布の命が続くかどうだかは、疑問である。今でもすでに萬遍なく擦(す)り切れて、竪橫(たてよこ)の筋は明かに読まれるくらいだから、毛布と稱するのはもはや僭上(せんじょう)の沙汰であって、毛の字は省(はぶ)いて単にットとでも申すのが適當である。しかし主人の考えでは一年持ち、二年持ち、五年持ち十年持った以上は生涯(しょうがい)持たねばならぬと思っているらしい。隨分呑気(のんき)な事である。さてその因縁(いんねん)のある毛布(けっと)の上へ前(ぜん)申す通り腹這になって何をしているかと思うと両手で出張った顋(あご)を支えて、右手の指の股に巻煙草(まきたばこ)を挾んでいる。ただそれだけである。もっとも彼がフケだらけの頭の裏(うち)には宇宙の大真理が火の車のごとく廻転しつつあるかも知れないが、外部から拝見したところでは、そんな事とは夢にも思えない。
煙草の火はだんだん吸口の方へ逼(せま)って、一寸(いっすん)ばかり燃え盡した灰の棒がぱたりと毛布の上に落つるのも構わず主人は一生懸命に煙草から立ち上(のぼ)る煙の行末を見詰めている。その煙りは春風に浮きつ沈みつ、流れる輪を幾重(いくえ)にも描いて、紫深き細君の洗髪(あらいがみ)の根本へ吹き寄せつつある。――おや、細君の事を話しておくはずだった。忘れていた。